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ロイヤル・オペラ・ハウス (ROH) の『ラ・ボエーム』


屋根裏部屋で出会ったロドルフォ(チャールズ・カストロノヴォ)と ミミ(ソーニャ・ヨンチェヴァ)

©ROH2020 Photo by Tristram Kenton

ロイヤル・オペラ・ハウス (ROH) の『ラ・ボエーム』

'La Bohème' at the Royal Opera House

世界のオペラ上演数のトップ5に入る『ラ・ボエーム』は』情熱と人情が交錯するプッチーニの傑作だ。この作品は1974年から41年続いたジョン・コプリーのプロダクションに代わって2017年にリチャード・ジョーンズが演出した作品である。今回はミミをブルガリア出身の大スター、ソーニャ・ヨンチェヴァが歌い、ロドルフォにはチャールズ・カストロノヴォ、ムゼッタにはアイーダ・ガリフッリーナが扮するという夢のような競演が叶うというので公演を待ち焦がれていた。

ロドルフォは甘く優しくそして誠実な感じがした。第1幕においてミミの手を握って自己紹介をするアリア "Che gelida manina"(冷たい手を)では彼の切実な恋心が伝わってきて私までとろけそうな気がした。ヨンチェヴァ扮するミミは第1幕では顔が美しくちょっと生意気そうなところがチャーミングだった。アリア、"Sì, mi chiamano Mimì"(私の名前はミミ)で彼女の温かみのある歌声がプッチーニの高波のようにうねるメロディーに乗って心に染み入った。第1幕の最後のミミとロドルフォの愛のデュエット"O soave fanciulla"(愛らしい乙女よ)では二人の声はロマンチックに重なり合い、まるで熱いカプチーノの表面で円やかな渦をえがきながら交わりあい溶け合う泡ミルクとコーヒーのようなイメージだった。カストロノヴォは声量もあり、難しいと思われるところも危なげなくこなした。ヨンチェヴァの歌声は優しさに溢れていたが、勢いが必要なときは強さもあり卓越した技量がうかがえた。この第1幕の愛のデュエットが『ラ・ボエーム』公演における高鳴る感情の度合いをセットすると思うが、心に迫るものがあり、第1幕ですでに涙が私の頬を伝った。

スチュワート・レイングのボヘミアンたちの住む屋根裏のセットは殺風景で生活感が全くなくあまりいただけなかったが、寒空にしんしんと降る雪がロマンチックで詩的な感じを与えてくれた。そして第1幕に対比して第2幕のカルチェ・ラタンのセットは色鮮やかで活気に満ちており、またアーケードの奥行きの深さも表現されるように遠近法が駆使されており、視覚を喜ばせてくれた。カフェ・モミュスも豪華さに溢れていて華やかで温かいクリスマスの賑わいが感じ取れた。第3幕のアンフェール門前に位置する居酒屋の煙突から出る煙がさらに振り続ける雪と折り合って寒々しい夜を強調し効果的だった。

ムゼッタを演じたガリフッリーナは今回ROHデビューだったが、カフェ・モミュスでは自由奔放、かつ妖艶で自信たっぷりのムゼッタの性格描写が巧みでその演技に目を奪われた。真っ赤なドレスに身を纏い机上で歌う彼女のアリア "Quando me'n vo' "(私が街を歩けば)では高音もよく捉え細い体から観客を圧倒するほどのパワフルで快活な声が響き渡った。ステージプレゼンスは、ネトレプコに匹敵するほどではないかと思ったほどだ。第2幕、第3幕での享楽的な性格描写とは裏腹に第4幕では衣装も紺色になり、しっとりとしていた。自分には許しは値しないが天使のようなミミは死なせないように、と聖母に祈るときなどは("Madonna benedetta")別人のようだった。これにはムゼッタが人生経験を通して成長している様子が感じられ、ガリフッリーナはその性格描写のコントラストを見事に演じた。マルチェッロ役のアンジェイ・フィロニチクもコッリーネ役のピーター・ケルナーもショナール役のジュラ・ナジも奔放なボヘミアンらしさをうまく表現していたと思う。

エマニュエル・ヴィヨームは雄々しいライオンのような指揮でROHオーケストラを率いていたが、ROHオーケストラが繊細で温かなニュアンスと劇的な曲想の入り混じる『ラ・ボエーム』の調べを丁寧に演じていて琴線に触れた。

第1幕の愛のデュエットで高鳴った私の感情は、第1幕からの曲のモチーフを使い、ミミとロドルフォの知り合った頃を回想する第4幕の聞かせどころ、"Sono andati?"(みんな行ってしまったのね)で頂点に達して涙する。間もなく消えゆくミミの命とそれ故の2人の愛の終わりを表すかのような途絶え途絶えのデュエットだ。ロドルフォがミミの息が途絶えたことを知り「ミミー!」と叫び幕が下りた時はまた涙がこぼれた。カストロノヴォは幕が進むにつれて感情移入の度合いに拍車がかかり迫真の演技だった。

ヨンチェヴァのミミ、ガリフッリーナのムゼッタ、カストロノヴォのロドルフォという豪華キャストの黄金の声に心が何度も震えた夜だった。

ロイヤル・オペラ・ハウスで2月13日まで上演中

日本各地の映画館で2020年5月15日より放映 http://tohotowa.co.jp/roh/movie/?n=la_boheme-2

ロドルフォ(チャールズ・カストロノヴォ)とミミ(ソーニャ・ヨンチェヴァ)

©ROH2020 Photo by Tristram Kenton

カフェ・モミュスで愛を語り合うロドルフォ(チャールズ・カストロノヴォ)と

ミミ(ソーニャ・ヨンチェヴァ)©ROH2020 Photo by Tristram Kenton

ミミの最期。左からマルチェッロ(アンジェイ・フィロニチク)、ムゼッタ(アイーダ・ガリフッリーナ)、

ロドルフォ(チャールズ・カストロノヴォ)、ミミ(ソーニャ・ヨンチェヴァ)

©ROH2020 Photo by Tristram Kenton

Miho Uchida/内田美穂

聖心女子大学卒業後外資系銀行勤務を経て渡英、二男一女を育てる傍らオペラ学を専攻、マンチェスター大学で学士号取得。その後UCLにてオペラにおけるオリエンタリズムを研究し修士号取得。ロンドン外国記者協会会員(London Foreign Press Association)。ロンドン在住。ACT4をはじめ、日本の雑誌にて執筆中。https://www.mihouchida.com/

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