第一幕クララ役のローラ・ディ ©️BRB 2019. Photo: Bill Cooper
2019年12月30日
ロイヤル・アルバート・ホールにて、バーミングハム・ロイヤル・バレエ団「くるみ割り人形」
Birmingham Royal Ballet ‘Nutcracker’ at the Royal Albert Hall on 30 December 2019
毎年12月下旬にロイヤル・アルバート・ホールで開催されるバーミングハム・ロイヤル・バレエ団の「くるみ割り人形」は、バレエが大好きな子供連れの家族に大人気の公演である。
今年は12月28日から31日の公演であり、既に学校は冬休みに入り、多くの子供たちが家族単位で観覧に来ていた。
「くるみ割り人形」この15年毎年欠かさず見ているが、バーミングハム・ロイヤル・バレエの作品は今回が初めてであり、姉妹バレエ団のロイヤル・バレエ団との違いを確かめてみたかった。というのもロイヤル・バレエ団所属のイギリスのレジェンドと言われるほどの振付師、ピーター・ライト氏が両バレエ団の振り付けを担当しているからだ。彼の振り付けは1984年から今日まで毎年舞台で見ることができる。
そして更にバーミングハム・ロイヤル・バレエではライト氏の振り付けに、レビ・イヴァノヴ氏とヴィンセント・レッドモン氏らの振り付けも加えられ、オリジナリティーを出していた。レビ・イヴァノヴ氏(1834〜1901)は、ロシアのモスクワで生まれ、サンクトペテルブルクのインペリアル・シアター・スクールでダンスを習う事になるが、フランスの有名振付師、マリウス・ペティパ氏の父、ジョーン・ペティパ氏が彼の講師であった。のちにマリウス氏がインペリアル・バレエシアターのバレエマスターに選ばれた時、イヴァノヴ氏も第二バレエ・マスターとして一緒に働いていた。そしてマリウスが病いのため、「くるみ割り人形」第一幕をイヴァノヴが1892年に制作した。
ヴィンセント・レッドモン氏は、イギリスのサフォーク出身で、ロンドン市内にあるパフォーミング・アーツで有名なアーツ・エデュケーションに入学し、のちにロイヤル・バレエ・スクールでバレエのトレーニングを行なった。1983年のローザンヌ国際バレエコンクールでは、2位を獲得、バーミングハム・ロイヤル・バレエ団の前身である、サドラーズ・ウェルズ・ロイヤル・バレエ団に1984年入団し、1990年にはファースト・ソリストに昇格、プリンシパル・キャラクター・アーチストに1993年に昇格した。現在は振付師としてバーミングハム・ロイヤル・バレエ団以外にも、ランベルト・ダンス・カンパーニーなどで数々の作品を手がけている。
ロイヤル・アルバート・ホールを訪れた事がある人ならよく分かると思うが、普通のバレエを公演する劇場とは違い、プロダクション側としてはかなりのチャレンジを強いられる。まず、舞台がオープンスペースである事から舞台の袖がほとんど無く、シーンで変わる舞台セットも「観客に見られる」という事を考慮に入れ、巧みに考えられていた。また、オーケストラは通常舞台前の地下部分で演奏する事が多いが、このホールでは、舞台の上部で演奏された。その両サイドには大きいスクリーンがあり、舞台が進むにつれ、有効的に使われていた。
第一幕は、馴染みのあるオープニング曲と共に、寒い冬の日に人々が広場を行き交う場面から始まる。その時に他のバレエではほぼないであろう、お話の説明としてナレーションが入った。最初は驚いたものの、会場にいる子供達にはダンサーの動きだけではストーリーが理解するのが難しいことで、このような演出をしているのであるとと感心した。広場の場面から徐々にクララの住む家の庭に自然に変化してゆき、椅子などが運び込まれ、いつの間にかに室内の様相に早変わりした。クララ役にはソリストのカーラ・ドアバー氏。サラサラの長い金髪が美しく、彼女の可愛らしい表情や動きはクララ役にぴったりだった。各ドールたちの動きはロイヤル・バレエ団と比べてしまうと少々、踊りのキレが悪いように感じた。実は舞台の始まりからなんとなくうわっとした雰囲気の中で始まっているのに気づいた。それは観覧している人々がまだクリスマスの余韻を漂わせていたからかもしれない。舞台上でクリスマスツリーを囲んで、パーティーの子役の子供達も踊りだすと、舞台と会場の暖かな雰囲気が一層合わさるのを感じた。
ドロッセルマイヤーのアシスタント役のアイトー・ガレンデ
©️BRB 2019. Photo: Gabriel Anderson
そしてこの日は珍しくアクシデントに見舞われ、第一幕の最後にクララがおもちゃと同じくらいの大きさになってしまうという場面で(実際には舞台のクリスマスツリーが大きくなり、クララが小さくなったように見せる)照明が上手く調節できず、数分間中断するとアナウンスが入った。会場はほぼ満席であったが、観客は誰も動揺することもなく、平然と照明が直り、舞台が続行されるのを静かに待っていた。
約10分後、舞台続行のアナウンスが流れた。それまでのほんわかした雰囲気がなくなり、ダンサーたちも少々気が引き締まる感じで臨んでいたに違いない。クララが小さくなる場面を描くシーンでは、大きなツリーのオブジェが天井から舞台近くまで降り、オーケストラの両側にあるスクリーンにはツリーの絵を映し出すなど目新しい演出に嬉しい驚きがあった。またネズミの王は舞台中央後方からドライアイスの煙と共にドラマチックに登場。子役のネズミたちがちょこまかと可愛らしく登場し、緊張感のある場面ながらも心が温まる演出になっていた。
雪の妖精たちの場面 ©️BRB 2019. Photo: Andrew Ross
そして第一幕最後の見せ場である雪の妖精の踊りであるが、本当に美しかった。ダンサー、一人一人の踊りも素晴らしかったが、フォーメンションなど綺麗にまとまり、また4人の男性の妖精も女性ダンサーに混ざって華麗に踊り、観客の目を引いた。
第二幕もロイヤル・バレエ団の「くるみ割り人形」の要素を感じさせながら、小規模で無駄なくまとまった構成になっていた。この日、金平糖役は、日本人ダンサー、ファースト・ソリストの水谷実喜氏と、王子役には米国出身のプリンシパルダンサー、マティアス・ディングマン氏であった。両者共に安定した踊りを見せ、素晴らしかった。特に水谷氏はファースト・ソリストとは思えないほどの実力を持つ、将来有望なダンサーの一人ではないだろうか。最後のクララが夢から覚める場面は、何十回見てもなぜか心がジーンと熱くなる。
バーミングハム・ロイヤル・バレエ団はロイヤル・バレエ団に比べると団員数も少なく、こじんまりとした舞台なのだが、プロダクション自体はとても素晴らしく、衣装や振り付けに独自のオリジナリティを入れこだわりを見せているバレエ団である。今後は彼らの違う演目を観に行こうと思う。
2019年の最後を飾るのにふさわしい家族一緒に楽しめる心温まる舞台であった。
第二幕金平糖役の水谷実喜 ©️BRB 2019. Photo: Bill Cooper