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イングリッシュ・ナショナル・オペラ(ENO)、オッフェンバックの『地獄のオルフェ』

第2幕 神々の住んでいるオリンポス山のセット ©ENO.Photo by Clive Barda.2019

イングリッシュ・ナショナル・オペラ(ENO)、オッフェンバックの『地獄のオルフェ』

'Orpheus in the Underworld' by Offenbach at the English National Opera (ENO)

ENOのオルフェウスシリーズ第2弾はオッフェンバックの『地獄のオルフェ』。1858年の初演当時から人気を博し今日でも最もよく上演されるオッフェンバックのオペラの一つだ。グルックの『オルフェオとエウリディーチェ』をパロディ化したもので、第2期帝政期におけるフランス社会が内包していた偽善を風刺したオペレッタである。主神であるジュピターはナポレオン3世を暗示しており、オリンポス山の神々の堕落した行為は当時の権力者の退廃を皮肉っている。日本でも運動会のBGMなどに使われる「地獄のギャロップ(Galop infernal)」はフレンチカンカンの曲として有名で、世界中で知らない人はいないのではないかと思われるほどだ。

今回のENOの新作品は昨年までシェイクスピア・グローブ座の芸術監督であったエマ・ライス演出によるものである。設定を1957年のロンドンに置き換え、オッフェンバックが上演した際に表現したかった快楽主義を彷彿とさせる作品になっている。がしかし本来のオッフェンバックの『地獄のオルフェ』はコミカルで軽快なオペレッタでハッピーエンドとなるのに対して、この作品は子供を失ったユリディスが失意に陥いるところからはじまり、かなりシリアスな展開となっている。後半ではユリディスが男性権力下において監禁され商売道具として扱われた挙句に最後もハッピーエンドではない。エマ・ライスにとってオペラ演出デビューとなる作品だが、彼女がストーリーを変えたことによって、オッフェンバックの曲と合わないばかりかオペレッタとしての軽快さが失われてしまっていると感じた。ただ歌手陣は奮闘していた。

オルフェウス役はエド・リヨン。ユリディスを慕うオルフェウスを無難にこなしたが、これと言って輝いたものは見いだせなかった。ユリディスを演じたのはメアリー・べヴァン。子供を失い落胆し、また地獄では絶望しながらも強く抵抗し、悲痛を訴えるユリディスを説得力をもって演じていた。有名なカンカンダンスは彼女の失望からくる怒りの歌になっている。ジュピターにはベテラン、ウィラード・ホワイトが扮した。不徳のジュピターを演ずる彼がなんとなく不自然で、ウィラードには彼が昨年ロイヤル・オペラ・ハウスで演じた『死者の家から』におけるゴリャンチコフや『ドン・ジョヴァンニ』の騎士団管区長など、実直な役柄の方が似合っていると感じたのは私が本人を知っているからだろうか。プルート役のアレックス・オッターバーンは明るめのバリトンの声の持ち主で、舞台上での存在感もありダンスも上手で狡猾な冥界の神を小気味よく演じていてお見事だった。タクシーの運転手となって「世論」の役を演じたのはトランスジェンダーとして初めてロンドンのメジャーなオペラ舞台に立ったバリトンのルチア・ルーカス。堅実な世論としての存在感があった。落ちぶれてひねた飲んだくれ、ジョン・スティクスを演じたアラン・オークが歌ったアリア、「かつてボイオーティアの王だった時( When I was king of Boeotia)」は巧妙で真情溢れていた。

舞台セットはオルフェウスシリーズを通して担当しているリジー・クラッヘン。第1幕のトウモロコシ畑のセットや、蜂のセットなどは、のどかでかつ洗練されていた。第2幕では、オリンポス山を贅沢なホテルのプールサイドのようなセットで表現し、さらにそこで過ごす神々の格好をカジュアルにすることによって、彼らの怠惰な生活と頽廃を強調していた。第3幕の地獄は1950年代ロンドン・ソーホーにおけるいかがわしいポルノの、のぞき見ショー(peep show)が舞台になっていたが、ユリディスがそこで囲われている設定は前述のようにオペレッタにしては重すぎた。シアン・エドワーズの指揮はリズムがよく生き生きとオーケストラを導き、好調にスタートしたが、少し単調で盛り上がりに欠ける気がした。エマ・ライスは賢く、独創的な演出家である。彼女のオペラ、第2作目に期待したい。

11月28日までENO上演中。

地獄に監禁されているユリディス(メアリー・べヴァン)©ENO.Photo by Clive Barda.2019

プルート(アレックス・オッターバーン)©ENO.Photo by Clive Barda.2019

左:世論(ルチア・ルーカス)右:オルフェウス(エド・リヨン)©ENO.Photo by Clive Barda.2019

ジュピター(ウィラード・ホワイト)©ENO.Photo by Clive Barda.2019

ジョン・スティクス(アラン・オーク)©ENO.Photo by Clive Barda.2019

第1幕における蜂のセット ©ENO.Photo by Clive Barda.2019

Miho Uchida/内田美穂

聖心女子大学卒業後外資系銀行勤務を経て渡英、二男一女を育てる傍らオペラ学を専攻、マンチェスター大学で学士号取得。その後UCLにてオペラにおけるオリエンタリズムを研究し修士号取得。ロンドン外国記者協会会員(London Foreign Press Association)。ロンドン在住。ACT4をはじめ、日本の雑誌にて執筆中。https://www.mihouchida.com/

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