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イングリッシュナショナルオペラ(ENO)の『メリー・ウィドウ』


ハンナを演じたセーラ・ティナン ©ENO 2019. Photography by Clive Barda

イングリッシュナショナルオペラ(ENO)の『メリー・ウィドウ』

The Merry Widow by Franz Lehár at the English National Opera (ENO)

ENOが好んで英国式オペレッタを取り上げ上演することは知られている。30年以上前の作品だが繰り返し上演され来年再びリバイバルするのではないかと噂されているジョナサン・ミラー演出の『ミカド』や、昨年のヒット作品、キャル・マッククリスタル演出の『アイオランテ』などがその例だ。しかし今シーズンは趣向を変えレハール作曲のウィーン・オペレッタ、『メリー・ウィドウ』にチャレンジした。『メリー・ウィドウ』は30ほどあるレハールのオペレッタの中でも最も人気があり、1905年にウィーンで初上演されて以来、世界中で50万回は公演されているのではないかと言われている。人気の秘密は道すがら口ずさみたくなるような「メリーウィドウ・ワルツ」、“Vilja”、 “Chez Maxim’s” などの覚えやすいメロディーと、政治、金、セックスなど誰しもが興味のある題材をコミカル且つロマンチックに仕立てたストーリーの面白さにある。このオペレッタの話の二つの柱は、主役の裕福な未亡人・ハンナと彼女の以前の恋人、ダニロの焼け木杭の恋の行方と、ポンテヴェドロ国のパリ駐在行使であるツェータ男爵の妻・ヴァランシエンヌと彼女の愛人のフランス人大使館随行員・カミーユとの恋愛だ。昔は偉大であったが今は破産寸前でどの国にも相手にされずに困窮しているという架空の国・ポンテヴェドロの話だが、ブレグジットで崖っぷちに立たされている現代の英国を思い浮かべるのは私だけだろうか。

さてマックス・ウェブスター演出のこの作品、英語のリブレットはエイプリル・ドゥ・アンジェリスの本を使い、歌詞はリチャード・トーマスによるものだ。庶民的な英語が使われていると共に、亡くなった夫から大金を受け継いだハンナの持つパワーを強調しており、民主的且つフェミニストな作品だったといえよう。ハンナを演じたのは昨年11月にENOの『ランメルモールのルチア』でタイトルロールを演じたセーラ・ティナン。男性の所有物だということを強調するかの如く可憐で人形のような姿だったルチアとは打って変わって、今度は金と色気で男を手玉に取るハンナをセクシーに演じた。特に労働者階級の出身ながらにして大金を手にした皮肉屋でずるさも兼ね備えた女のニュアンスを上手に表現していた。あまりの変わりように私は目をパチパチさせながら彼女の女優としての才能に舌を巻いてしまった。そして彼女の歌うセンチメンタルな“Vilja”と “Lippen schweigen”は流れる川のうねりように自然にフレージングされレハールの曲の美しさを余すところなく伝えていた。フェミニズムに対抗して、七つに並んだトイレで立ち小便をしながら誰が一番高く飛ばせるかを競争しながら女性の二枚舌を批判する男性七重唱は、コミカルにも度を過ぎているとも思ったが、観客には思いのほかウケていた。ダニロを演じたのはネイザン・ガンだ。身分の違いから昔アンナを振ったことに罪悪感を持ち、しかし今でも彼女を愛する伊達男を説得力ある演技と温かみのある声で演じた。ヴァランシエンヌを演じたライアン・ロイスは伸びる声で歌唱力もあり、また力感溢れる演技でコケティッシュな男爵の妻に成りきっていた。老いたツェータ男爵役のアンドリュー・ショアはいつもの通りコミカルな演技が冴えていた。クリスティナ・ポスカの指揮は抒情的なレハールの曲のニュアンスをよく捉え、彼女の指揮に率いられてENOのオーケストラが官能的な調べを滑らかに演奏していた。

途中、ベン・ストーンズのセットは金ぴかでけばけばしく、マキシムの踊り子たちの踊りもドタバタしていたし、悪趣味の短パンとブーツに身を包んだ男性たちのダンスも泥臭いと思ったが、総じてアンナの歌唱力が冴えダニロとの相性も良く、二人してロマンチックに観客を星輝く甘い夜へと導いてくれた。

ハンナを演じたセーラ・ティナンと男性ダンサーたち

©ENO 2019. Photography by Clive Barda

ハンナ(セーラ・ティナン)と ダニロ(ネイザン・ガン)

©ENO 2019. Photography by Clive Barda

ヴァランシエンヌ(リアン・ロイス)と愛人カミーユ(ロバート・マリー)

©ENO 2019. Photography by Clive Barda

ツェータ男爵(アンドリュー・ショア) ©ENO2019. Photography by Clive Barda

トイレの前での男性七重唱の場面 ©ENO2019. Photography by Clive Barda​

Miho Uchida/内田美穂

聖心女子大学卒業後外資系銀行勤務を経て渡英、二男一女を育てる傍らオペラ学を専攻、マンチェスター大学で学士号取得。その後UCLにてオペラにおけるオリエンタリズムを研究し修士号取得。ロンドン外国記者協会会員(London Foreign Press Association)。ロンドン在住。ACT4をはじめ、日本の雑誌にて執筆中。https://www.mihouchida.com/

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