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ロイヤル・オペラ・ハウス(ROH)の『カルメン』

'Carmen' at the Royal Opera House

ロイヤル・オペラ・ハウス(ROH)の『カルメン』

カルメンの舞台セット (C) ROH. PHOTO BY Bill Cooper

奇才、バリー・コスキーの新作『カルメン』が話題になっていたので首を長くして鑑賞に行く日を待っていた。この作品は好きな人と嫌いな人がはっきり二つに分かれていたので、私は自分がどちらに属するのかを楽しみにしていたのだ。。

2016年のフランクフルトで初めて公演された後に、ここROHにやってきた。カトリン・レア・タッグの舞台デザインはステージいっぱいに横に伸びた急な階段で、そこを上演者が駆け上ったり降りたしながら華やかに歌ったり踊ったりするその様は、ブロードウェイのミュージカルのようだ。衣装は1930年代を示唆し、当時のヨーロッパの大衆演芸であるレビューのようだともいえる。通常のジプシー姿のカルメンもタバコ工場もでてこない。アンナ・ゴリヤチョヴァ扮するカルメンは闘牛士姿で登場し、性別不明のような、少年のような様相である。二度目に登場する時はゴリラの格好をして出てくるが、そのぬいぐるみを脱ぎ、白いシャツに黒いネクタイ姿で第一幕最後まで演技する。美しい女性がゴリラのぬいぐるみの中から出てくるというこの演出は映画『ブロンド・ヴィーナス』(1932年)の中のナイトクラブ歌手、マレーネ・ディートリヒを思わせる。作曲家のジュルジュ・ビゼーはこのオペラの創作過程で一度は挿入した歌を、1875年の初演時にはかなり減らして上演した。しかしこの作品では幾つかの歌を戻している。例えば、カルメンが登場する時に歌うアリアは「ハバネラ」が有名であるが、それに加えて、初演時のカルメン役を演じたセレスティ-ヌ・ガッリ-マリエが却下したという、タランテラ風のアリアが挿入されている。またモラレスが第一幕で歌うコミカルなアリアも足されているし、ドン・ホセとミカエラのデュエットも大幅に延長されている。『カルメン』はオペラ・コミックに属するが、オペラ・コミックに特有の台詞は、舞台裏から放送されるささやき声のナレーションに代えられている。そのささやき声は原本である同名のプロスペル・メリメの小説からの引用も行う。最初の方は面白いが最後の方は少々長すぎてうんざりした。

アンナ・ゴリヤチョヴァは歌声は小さめだが、動きにはきらめく瞬間があり、クールで、自信に満ちたカルメンであった。ドン・ホセを演じたフランセスコ・メリは最初は個性に乏しく存在感がないと思ったが、最後になってカルメンにしつこく迫る時の演技はセクシーで真に迫っていた。ミカエラを演じたクリスティーナ・ムヒタルヤンは温かい声を響かせ輝いていたと思う。エスカミーリョを演じたコスタス・スモリギナスはすべやかな声で容姿も魅力的だった。そしていつものようにコーラスの出来は上々だった。指揮者のヤクブ・フルシャは、丁寧に指揮をしており、特に第三幕の序曲の指揮は熱がこもっていた甲斐あって、耳に心地よかった。

途中挿入されているコンテンポラリーダンス、舞台、そして衣装も、そのすべてが優雅で、美的であるが、『カルメン』の持ち味とも言ってよい、感情的でどろどろしたドラマがまったくと言っていいほど存在しなかった。

さて、私がどう思ったかというと、好きな人々に属したと思う。少々長すぎるとは思ったが、舞台セットが洗練されているし、ダンスが快活でエンターテイニング性に富んでいる。これまでの『カルメン』とは全く異なる演出だが、カルメンは自由奔放に生きる女性の物語だ。演出も限定されることなく自由裁量でもよいのではないだろうか。

カルメン役のアンナ・ゴリヤチョヴァ (C) ROH. PHOTO BY Bill Cooper

カルメン役のアンナ・ゴリヤチョヴァ (C) ROH. PHOTO BY Bill Cooper

ドン・ホセ役のフランセスコ・メリとミカエラ役のクリスティーナ・ムヒタルヤン

(C) ROH. PHOTO BY Bill Cooper

エスカミーリョ役のコスタス・スモリギナス (C) ROH. PHOTO BY Bill Cooper

(一番左)カルメン役のアンナ・ゴリヤチョヴァ、(左から二番目)メルセデス役のアイガル・アクメツィーナ、

(一番右)フラスキータ役のジャクリン・スタッカー (C) ROH. PHOTO BY Bill Cooper

ドン・ホセ役のフランセスコ・メリとカルメン役のアンナ・ゴリヤチョヴァ (C) ROH. PHOTO BY Bill Cooper

カルメンの舞台セット (C) ROH. PHOTO BY Bill Cooper

Miho Uchida/内田美穂

聖心女子大学卒業後外資系銀行勤務を経て渡英、二男一女を育てる傍らオペラ学を専攻、マンチェスター大学で学士号取得。その後UCLにてオペラにおけるオリエンタリズムを研究し修士号取得。ロンドン外国記者協会会員(London Foreign Press Association)。ロンドン在住。ACT4をはじめ、日本の雑誌にて執筆中。

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