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連載小説:Every Story is a Love Story 第8話(Only Japanese)

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文香の場合

何気なく応募したイギリスのワーキングホリデーのビザが当選した。このことがキッカケでまさか本当にロンドンに行くなんて、応募したとき微塵も考えていなかった。

ロンドンでの生活で気がついたこと、やっぱり日本の方が合っているのかも、ということだ。日本で働いている時は英語も使う仕事だったし、外国の人ともやり取りしてきたつもりだったけど、結局のところそれはあくまで日本にいて英語を使い、日本に対してある程度理解があったり、仕事としてプロフェッショナルな外国人とコミュニケーションを取っていたことに過ぎないのだな、と実感する。仲良くなった日本人の友人、れいちゃんもすーちゃんも今は大好きだけど、正直最初はなぜ彼女たちより自分のほうが下のクラスに入れられたのか釈然としなかった。二人とも文法の間違いがとても多いし、テストの点だってあまり変わらない。でもその答えはすぐに分かった。彼女たちは間違えた英語で話すことに何の戸惑いもないし、基本的にどんなことにも好奇心旺盛なのだ。すーちゃんは笑顔がとても魅力的なのもあるけれど、やっぱり目の前の人たちとの会話を心から楽しんでいるのがいつも伝わってくる。れいちゃんは自分の意見をはっきり言えて、でもそれは決してけんか腰ではなく相手の意見もよく聞いている。あの変人先生リチャードと楽しそうにコミュニケーションを取れるなんて、ちょっと信じられない。私は分かりやすく、外国に来て挫折を味わったのだ。

学校に通いながらもちょっと新しい世界に関わりたくて仕事を探し始めたら、あっさり決まった。日系の会社が経営するカフェ。学校の近くでみつけた小さなカフェで、かわいらしい内装とメニューに抹茶ラテがあってとてもおいしくて、私だけのお気に入りのカフェだったのだ。抹茶ラテはあったけど、まさか日系の会社が経営してるのは知らず、mixPで求人が出ているのをたまたま見つけてすぐに応募したらあっという間に決まった。  カフェのスタッフはマネージャー以外はヨーロピアンだけど、本部のスタッフさんは日本人が大半だった。なんとなく日本で働いていた時のことを思い出して、だんだんと自分の中で自信が回復していく。自分の場所を見つけるって結構大事なことなんだなってぼんやりしながら考えていた。 半年は学校に通うつもりだったけど、結局カフェにいるほうが楽しくて、それに英語で接客できているから、4ヶ月で切り上げてしまった。その分カフェの仕事はどんどん責任あるものを任されるようになってきた。今までの仕事の経験がここではすべて生かすことができることに気づいたのだ。学生時代の飲食アルバイトのお陰で、今までは誰かの善意でまかなっていたグレーゾーンをルーティンに組み込むことができたし、ちょっとした発注とかはマネージャーに任せてもらえるようになってきた。

 学校辞めてからすぐ、れいちゃんとすーちゃんにはこのカフェの存在がばれてしまった。お店に入ってきた二人はとても驚いていたが、私だって同じくらいびっくりして、でもなんだか嬉しくて大笑いしてしまった。二人に抹茶ラテをすすめて仕事に戻る。仕事をしながらこっそり彼女たちを覗き見していたけど、驚いたことに彼女たちは最初英語で話していた。こうやって常に英語を話すことを意識してる人たちだったんだっと気づき、久しぶりに挫折したところがうずいた。「目の前の仕事に集中」と言い聞かせて仕事をしていく。突然来たピークが落ち着いたころ、マネージャーが友達が来ているし上がっていいよと気を使ってくれた。余計な気遣いをしてくれたなと思う気持ちがあったから、勝手に自分の分の抹茶ラテを作って彼女たちの席に向かう。

二人はニコニコしながら迎えてくれた。 「文香、お仕事おつかれさま!ちょうどすーちゃんとも話してたの、文香いつ仕事終わるのかなって!」 「そうなの、れいちゃんとこれからご飯いくけど、文香もどう?」 「疲れたからやめておくよー。ありがとう、どう抹茶ラテ?おいしかった?」 「涙が出るほどおいしかった」と二人は言ってくれた。やっぱりイギリスに馴染んでいるように見える彼女たちでも、日本のものが恋しくなるんだなってしみじみ思う。そこから1時間近くきゃっきゃ言いながら話し合った。お店の前で二人とバイバイする時にすーちゃんが予想外なことを言い始めた。 「文香、お仕事楽しそうでよかった。学校にいるときよりずっと楽しそう。」 続いてれいちゃんも、 「同じこと私も思ってたの!本当バリバリお客さん接客してて楽しそうで羨ましかった!」 嬉しくて恥ずかしくてありがとうと言うのが精一杯だった。  それじゃまたねーと言いながら別方向に歩いていく。ちょっとだけほっこりしながら家へ向かった。 

 働き始めてからしばらくして、本部主催の日本食イベントがこのカフェで行われることになった。最近特にロンドンでも人気になってきている日本酒の紹介がメインのイベントらしく、日本から業者も参加する結構本格的なイベントになるらしい。話半分に聞いていたけど、どんどん参加したくなってきてうずうずしてたら、最後にマネージャーから文香ちゃんは手伝ってね、とさらっと言われた。こうしてあっさり参加が決定した。  手伝うといっても当日のウエイターと日本から来る業者さんのフォローだけで事前準備もせず、むしろそのあとおこぼれがもらえるであろうおいしいご飯とお酒が楽しみで、当日までウキウキしながら毎日過ごしていた。にぎやかなパーティーにしたいから友達も呼んでほしいといわれて、もちろんれいちゃんとすーちゃんには声をかけておく。外国生活、腹のなかにイチモツあっても持ちつ持たれつなのだ。  当日いつも通りバスに乗ってお店に向かっていた。バス停を降りると大きなスーツケースをもってキョロキョロしている日本人らしき人がいた。十中八九イベント関係者だろうと思い、思い切って日本語で声をかけてみる。 「もしかしてイベント関係の方ですか?」 驚いた顔して振り返ったその男性は、すぐに安堵の表情に変わった。 「そうなんです、お店までの行き方が分からなくて。よかったー!」 「ちょっと分かりにくいですよね、でも実はすぐ近くなんです。一緒に行きましょ。」 自己紹介する間もなくあっという間にお店に到着した。 「ここがスタッフ入り口です。それでは今日よろしくお願いします。」 「ありがとうございました、またあとでよろしくお願いします。」 礼儀正しくお礼をする姿にマナーの良さを感じる。名前を聞こうとした瞬間、後ろからマネージャーが私の名前を叫んでいた。 「文香ちゃーん、なぜかディッシュウォッシャーが動かない、ちょっとチェックお願い!!!」 それじゃ、と慌ててマネージャーのところへ走っていった。  パーティーは大盛況だったけど、舞台裏はてんてこ舞いで、結局勝手分かっている私がウエイターたちをまとめて動かしていた。一瞬すーちゃんと簡単に話すことができたけど、れいちゃんとは話すことができず、あっという間に一日が終わった。日本から来てくれた業者さんたちも帰り、最後の片付けをしてマネージャーや本部のスタッフさんとお店を出たとき、ふと携帯に目をやるとすみれからメッセージがきていた。 『文香おつかれ!今日中に渡したいものがあるから終わったら絶対連絡して!駅の近くのパブにいるよ。』 うーん疲れたけど、すーちゃんが絶対連絡してっていうのはなんか緊急度高そうだし、でもめんどくさい、と少し迷ったが結局連絡して10分後に合流することになった。  パブに行くとすーちゃんとれいちゃんはなんだかニヤニヤしながら待ってて、よくわからない。れいちゃんが飲み物を買っておいてくれたからそのまま席に座る。  「実は文香に渡したい物ってこれなの」と言われて差し出されたのは一枚の名刺だった。今日のイベントに来ていた酒造メーカーさんのものだが、名前の田辺信也にまったくもって心あたりはない。んー?と訝しげな表情をみてとったすーちゃんに裏をみて、といわれてみてみると短いメッセージが書いてあった。 『朝の道案内、ありがとうございました。お礼がしたいので連絡いただけませんか?』 あー、と声を漏らした瞬間、待ってましたとばかりに二人から質問攻めが始まった。 「いやー別に二人が期待しているほどのことがあったわけじゃないよ?バス停の前でキョロキョロしてるから声かけただけだよ。そもそもなんですーちゃんにこの名刺渡すことできたの?ちょっと逆にこわいよ。」笑いながらすみれに疑問をぶつけた。 それがね、とすみれが口を開く。 「私と文香が楽しそうに話してたのを見たんだって。わたしも最初は怪しいって思ったんだけど、すごく丁寧に接してくれたし、声かけられそうもないほど忙しそうで失礼を承知でって土下座せんばかりの勢いでさ。」 「なるほどねー、いい人っぽいよね。連絡したら?」 「れいちゃん、人事だと思って軽くない?」 「実は私もれいちゃんに賛成。だって本当にいい人な感じだったし。ご飯でもごちそうしてもらったら?意外と友達ってつくるの大変なんだなってロンドンきてから思うんだ。せっかくの機会だし、いいじゃん連絡してみなよ。」 「よし文香、ここで送ろう!みんなで送れば怖くないっ!」 ちょっと待って、と言う前に二人の勢いに飲み込まれ結局メールを送ることになった。 『今日はお疲れ様でした。瀬野文香と申します。友人から名刺頂きました。ご丁寧にありがとうございます。』 まんまビジネスメールと3人で大笑いしつつ、このまま送った。そのあとパブが閉店するまで飲んだけど返事は返ってこないし、むしろすーちゃんとウェインの話をれいちゃんと聞きだすことを楽しんで、そのまま解散した。

家に着きシャワーを浴びたところで連絡がきていたことに気がついた。すっかり忘れていたが、田辺さんからの返信だった。 『ご連絡ありがとうございます。今日の朝は本当に助かりました。私はあと1週間ほど滞在しますので、よろしければお食事いきませんか?お礼もしたいですし、正直初めての土地でおいしいレストランなど見当がつかず困ってるのもありまして。お忙しいとは思いますが、よければぜひ。』 この人メールでも礼儀正しいな、最初にそう思ったしやはりなれない土地で一人という心細さは誰よりも分かる気がする。だからあまり考えずにメールを返信した。 『お礼と言うほどのことは何もしてないですが、確かに慣れない土地でおいしいレストランを見つけるのは一苦労ですよね。ぜひお食事行きましょう。明後日のお昼などいかがですか?』 とんとん拍子で会うことは決まった。

つづく

原田明奈

千葉県出身アラサー女子

今作が小説家デビュー、前職はお皿洗いからパラリーガルまで幅広い。いろんなことにとりあえず首を突っ込んでみるチャレンジャー。

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