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レイの場合2 Restart 後編
たった今、人生こんな感じかなと予想をつけた瞬間に飛び込んできた爆弾。
れいは一気に酔いがさめた。
まず純粋に驚き、動揺が襲ってきたあと何故か怒りも感じた。
なんでちょっと時間経ってから返してくるんだよー!というよくわからない怒り。
その勢いのままメッセージを開いてみる。
『レイ久しぶり、俺は元気だよ。レイはどうなんだい?』
自分と同じくらいシンプルで短いメッセージ。その飾り気もないメッセージがどうしようもなくうれしかった。 結局酔いはまだ残っていたし、驚きと怒りとうれしさと酔いでやたら近況を書きまくった長いメッセージを送ってしまい、そのまま気絶するように寝てしまった。
もちろんその後リチャードから返信はなかった。あんな長いメッセージ、ふーんと流して終わったのだろう。
頭では冷静に状況を予測していても、れいはやってしまった感が半端なく、せっかく連絡がきたのにと落ち込んでしまった。突然何をしても楽しくないし、何を食べてもおいしくない。よくわからないけれどこの落ち込みがどうやって回復できるのか分からなかった。だからこそ3年前彼への気持ちに気づいたときと同じように、彼女に連絡してしまった。
すみれは相変わらずどんな人も惹きつけるおおらかな笑顔で待ち合わせのカフェに現れた。
「れいちゃん、久しぶりー!会いたかったよ!忙しそうだから声かけづらくて」 「私もすーちゃん忙しそうで声かけてなかったんだけど、多分すーちゃんにしか話せなくて。」 「どうしたのよ、なんかものすごく思いつめた顔してるけども」 「とりあえずさ、引かないでね。」
先に断りをいれてから、この10日間に起きたよくわからない内面の変化について話はじめた。
「なんだか本当に突然だね。でもやっぱりリチャードとのことが心残りというかクリアになってない部分あるんじゃない?
帰国してから舞台の仕事にすごく邁進してて、それはすごいと思ってたけど…」 「…けど?」 「なんだか本当に必死だったからさ。ロンドンでの生活をわざと忘れようとしているのかな、って思ってた正直。」 「そんなに必死にみえたんだね、私。」 「うん、れいちゃんの帰国直後に会ったとき、びっくりするほどリチャードのこともロンドンでの生活のこともあっけらかんと明るく話してたから逆にちょっと心配だったの。そのあとなんとか舞台の仕事見つけてワーカホリックのごとく働きまくってて。それにこの3年間、いいなって思った人いた?そんな恋とかいかなくてもいいなって思った人。」 「...いない。」 「それにさ、何人かにご飯いこうとか誘われてたのも結局全部断ってたじゃない?仕事が楽しいっていうのはすごくいいことだけど、れいちゃんはそれを超えてるというか。なにかを振り切りたくて必死って感じで。それが結局リチャードの事だったんじゃない。」 「でもほとんど忘れてたんだよあいつの存在。」 「多分ね忘れたって思い込んでたんだよ、きっと。思い出すとあまりに辛くて大変だから。だかられいちゃんは忘れたってことにして必死で自分の夢を追いかけて叶って落ち着いた今、リチャードでてきたんじゃないかな。」 「うーん。リチャードって実物でも思い出でも変な奴」 「確かにリチャードは変な奴。でもれいちゃんもなかなかよ?」
すみれの一言はいつも強烈で痛快で、まさにその通りだった。
すみれに自分の気持ちを打ち明けたことでだいぶ気持ちが落ち着いた。でもだからといって今はどうにかできるわけでもない。どうせ明日も走り回ることになるのだし今日はもう寝てしまおう、そう言い聞かせてれいはベッドに沈んでいった。次の日たしかにれいはいつものごとく走りまわって仕事をこなした。しかしいつもと違うこともおきた。上司に呼び出されたのだ。なにかやらかしたかなー、怒られるのかなやだな、と実は小心者のれいはビビリながら上司の下へ向かった。その結果、彼女は予想外のことを上司から告げられたのだ。
「お願いだから有給休暇をとってくれだってさ。今まで全然有給使ってなかったのがグループの別会社から指導が入ったんだって。とりあえず今抱えてる案件が終わったらまとめて取ることになった。」
「よかったじゃないですか。れいさんのビビってる姿はもはや面白かったですけどね。それでどうするんです、その休み。」
「突然そんなこと言われてもどうしたらいいかわからないよ正直。」
「旅行いきましょうよ!れいさんいつもニューヨークの演劇情報追いかけているし絶対楽しいですよそれ。」
同僚の一言でれいはニューヨーク行きを決めてしまった。ストレートプレイやミュージカルはもちろんオペラやバレエなんかも観れたら楽しいかも、ホテルはどこにしようかな、そんなことを考えていたら自然と笑顔が増えてくる。よし、今週末には航空券は取ってしまおう。その日の終わりにはそう決心してしまった。すっかりニューヨーク行きプランをシュミレーションしていたが、結局その週末ニューヨーク行きの航空券は取らなかった。代わりにロンドン行きのチケットをれいは予約していた。
なぜニューヨークからロンドンに変わったのか。ロンドン留学中に大好きだったミュージカルが3ヶ月後にクローズしてしまうというニュースを見てしまったからだ。ロンドンに着いて直ぐ、少しだけ心細かったときに観に行ったミュージカル。その作品を観てれいはすっかり心細さも吹き飛びロンドン生活を楽しむキッカケとなった本当に大切な作品だった。これを見逃したら次はないかもしれない、それだけでロンドン行きは決まってしまったのだ。チケットを買ってから気がついた、ロンドンにはあいつがいることを。
それからリチャードに連絡するかどうか、なんだかんだ2週間も迷ってしまった。これでまたスルーされたらとてもじゃないけど立ち直れないからだ。れいは考えすぎて身動きが取れなくなってきてしまった。そのうちに時間もどんどん過ぎていく。
ある日自分のfacebookを見返して、お気に入りだった場所やレストランを思い出そうとしたとき、教室で撮った写真が出てきた。私とリチャードが一緒に写っている唯一の写真。その中の私もリチャードもとてもいい笑顔をしていて無性に腹が立ってきた。お前ら私はこんなに悩んでるのに楽しそうだな、という謎すぎる怒り。その怒りの勢いのまま、れいはリチャードにメッセージを送っていた。
『10月にロンドンいくことにした。時間あったらお茶かお酒でもどう?』
どうせすぐには返ってこないだろう、そう高をくくっていたら一瞬で返ってきた。
『ぜひ会おう!いつごろくるの?』
こうしてあっさり会うことは決まった。
つづく
原田明奈
千葉県出身アラサー女子
今作が小説家デビュー、前職はお皿洗いからパラリーガルまで幅広い。いろんなことにとりあえず首を突っ込んでみるチャレンジャー。