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連載小説:Every Story is a Love Story 第5話(Only Japanese)

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持つべきものは年上の女友達1

中川さん、お変わりないわね。

久しぶりに再会したゆり子先生は、相変わらずやさしさと学問的世界における厳しさを両立させた佇まいで、銀座のおしゃれなカフェに座っていた。簡単な挨拶のあと、それでどうしたの、と先生の方から聞いて下さった。

「ロンドンに戻りたいと思っています。ただ方法がなにも思いつかなくて。先生は大学院に留学されていたと伺いました。なにかアドバイスをいただけたらと思って…」

「そうだったの。でもね中川さん、私、そもそもあなたがロンドン行ってたこと知らないのだけど。最初から話して。」

そこから私の1年間の留学生活について、戻ってきてからの生活、そんなことを話し始めた。知的な方だから、自分の感情面の話ではなくなるべくどんなことを経験してきたかを話すよう心がけた。ロンドンにいる時にたくさん劇場に行ったこと、日本に帰ってきてからは映画や海外ドラマの配給会社で働いてきたことなどをできるだけ完結に伝えた。

「…ありがとう、いろいろな冒険をされてきたのね。卒業生がそうやってがんばってる話を伺えるのはとても嬉しいことです。それでやはりまた戻りたいのですね、イギリスに。」

「はい、そうなんです。」

「どういった形で戻ることを考えているの?」

「…そうですね、やはりもっと映画や演劇について学びたいです、大学や大学院などで。でも英語のスコアもまだ足りないし資金も全然たりません。」

「まず教員をしてる人間として、英語のスコアはいくらでも伸ばせます。私も経験しているからスコアをあげることが大変なのは覚悟しないといけませんが、まだ若いんだから必ず伸びますよ。それに資金などはなにか奨学金や援助を受ける方法があるかもしれません。本当にやってみたいのなら、条件的な所であきらめてしまってはダメですよ。」

「分かりました、なんだか目が醒める思いです。それに久しぶりです、先生とお話していると授業のときの緊張感を思い出します。」

「ふふふ、そうなのね。私もあなたがどんな学生だったか思い出してきました。確かにあの頃から、映画や海外ドラマが本当に好きだったわね。なんというかポップカルチャーの話をしていると思ったら意外と古典も抑えていたりして。中川さんを初めて教えたときはもう10年近く前ですから、あなたが私の授業を取っていたことは覚えていたけど、私自身は何を教えていたかは詳しく覚えていないですね。」

「先生の授業は課題も多くてレベルも高かったですし、毎回ひーひー言いながら授業に参加していました。でもそれがとても楽しかったんです。」

「そうだったのね。そう言ってもらえると、やってきた甲斐があります。ところでどのくらい行っていたいのイギリスには。」

「できるだけ長く滞在したいんです。本音をいうとロンドンで生活したいんです。自分の力をロンドンで試してみたいというか…。夢のような話なんですけどね、今の国際的な状況を考えたら、日に日に難しくなっていくのは分かっているし。」こういう発言をするたびに、現実的な状況を言っているだけなのか、現実的状況に置き換えたフリをして自分の怖さや不安をを吐露しているのかわからなくなる。この一年、嫌になるほど突きつけられてきた自分の弱さ。目の前のゆり子先生には、この落ち込みを気づかれないといいなと思っていたら、まさか先生の口から聞くとは思わなかった言葉を問いかけられた。

「ここで逆説的なことを聞くけど、長くロンドンに滞在したいなら結婚というのはどうなの?」

「…そうですね。結果としてそういうことになるのはとても嬉しいですが、それを目的にという気にはなれないです。」

「一つ知っておいて欲しいのは、若くて目標もあり優秀な多くの女性たちが、男女の関係で悩んできていることは心の片隅には留めておいて。あなたもその一人だと思うから。本当に私の周りでもたくさん見てきたわ。」

先生からこんなことを伺うとはまったくもって予想外で、つい言葉に詰まる。先生はそのことを見透かしたように話を続けてくれた。

「中川さん、私がこんな話をするなんて予想外だった?もうあなたは大人の女性だし、大人の女性が一人で長期間外国に行くなら本当に切り離せないことなのよ。男女関係の価値観が違うからその差で戸惑うこともあると思うし、本当にイギリスというかヨーロッパは成熟しているから。」

「短期留学中に私も友人のケースでそういったことをいくつか見てきたので、先生が仰っている男女関係の差や多様さについてわかる気がします。」

「すでにそういう違いについては身近で見てきているのね。それであなた自身はどうなの?」

もうだめだ、全部バレてる。わたしはゆり子先生の鋭さの前で話すつもりのなかったことを打ち明ける覚悟を決めた。

「はい、実はそういう感じの人はイギリスにいます。元々は留学中に出会った人で、先日旅行でロンドンに行ったときに再会してから連絡は取り合っています。お互い今の状況ではどうしようもないと分かっていますが、でもお互いの連絡には反応しあってるというか。お互い趣味が似ているし、何よりなんというか…。お互い頑固で偏屈なところにシンパシーを感じると言うか。」

「やはりそういった方がいらっしゃるのね。」

「はい、そうなんです、実は。今私たちは付き合ってる状態ではなくて、そこで縛り合うようなことを言わないようにお互いかなり神経を使っている部分はあります。でも気になっている部分もあるというか。」

「とても理性的にご自分たちの関係を捉えているのね。結構あっちの人たちって遠距離恋愛に対してドライですしね。」

「結構日本だとロマンチックな雰囲気もありますけどね。実情は違うのかなって思って。」

「そうなのよね、それにレディファーストなイメージも強いけど、やはり男性が強いというか意外と尽くさないといけないときもあったりして思っているより大変なのよね。そういうところで、わたしが留学中にもとても優秀な友人何人かが本気で悩んでいたのよ。」

「でもそういったお話を今伺って、ちょっと楽になりました。知的な人たち、目指すものがある人たちでもそういったことで悩んできたのかと思ったら、私も悩んで当然だなって思えました。」

「悩むのは当たり前のことだと思いますよ。だって人生において重要なことですから、そこに知性もなにもないです。中川さん今おいくつなんでしたっけ。」

「28歳です。」

「そう、まだ若いし、やりたいことをどんどん挑戦していって欲しいです。でも同じくらい女性としても1年1年が重要な意味を持つとも思うのよ。日本よりずっと年齢的な縛りはないと思うけど、それでもね。」

「日本にいると28歳はもう大人で、同級生も結婚したり子供の1人いるのは当たり前になってきました。そのくらいならまだ動じないのですが、2人目を考えているとか、家を買おうと思っているという話を聞くとつい、自分は何をやっているのかな、なんか大げさなこと言ってるだけでなにも中身ないのかなって、ふと考えてしまいます。」

「焦るわよね、自分のやりたいことが揺らぐというか。でも中川さんも十分いろんなことを考えていると思いますよ。やりたい目標もあって好きな人がロンドンにいて。」

「まだ何も形になっていないんですけどね。」

「何仰っているの、これからですよ、中川さん。なにかあったらまた連絡してくださいね。もしかしたら、なにか手伝いできるかもしれないし。なにより卒業生のお話を聞くのはとても楽しいんですよ。あなたみたいな経験は特に。」

「ははは、そういって頂けて何よりです。先生から男女の話というか恋愛についてお話を伺うとは思いませんでした。そのことにとても励まされました。先生、最後に一つ伺ってもよいでしょうか?」

「なにかしら?」

「先生は、ロンドンに留学されていたときにあちらの男性となにかあったんですか?」

どうしても気になって聞いてしまった。

「そうね、なかったとは言いませんよ」

ゆり子先生は少しはにかみながら教えてくれた。どんな人も誰かと恋をして悩んで生きているんだな、そんな壮大で当たり前のことを感じていた。学会が神戸であるからこのまま東京駅まで歩いていくというゆり子先生と、このまま新橋方面にある本社に戻る私はカフェの前で最後の挨拶をした。ゆり子先生はすっときれいな手を差し出してくれた。

「自分の目標も恋愛も、全力で取り組んでくださいね。ロンドンは素敵な街だし、自分の芯がしっかりしていたら、どんなことでも大丈夫ですよ。中川レイさん。」

握手のあと、東京駅へ向かうゆり子先生の後ろ姿を見守ったあと、今日のことリチャードに報告したいなってそんなことを思いながら、自分も一歩前に歩き出した。

つづく

原田明奈

千葉県出身アラサー女子

今作が小説家デビュー、前職はお皿洗いからパラリーガルまで幅広い。いろんなことにとりあえず首を突っ込んでみるチャレンジャー。

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