習い事異聞その1
英国に来てすぐに長女にさせた習い事はピアノとバレエ、そして公文である。まずピアノだが、北ロンドンでは有名なS先生にお願いしたかった。彼女は人気ピアノ教師なので紹介者もなしに子供のレッスンを受けてくださるかどうか判らなかったので、まず私が習ってみることにした。大人の生徒なら空きがあると思ったからだ。案の定、私は子供達が学校に行っている間の平日午前中に定期レッスンをいれてもらう事ができた。
英国では、音楽、芸術、スポーツ等の素養を身につけさせることを目的とした技術グレードの検定試験がある。S先生は生徒に全英音楽教会(ABRSM、The Associated Board of Royal School of Music)が行うグレード検定試験を受けさせていた。ABRSMは、1889年に当時皇太子であった国王エドワード7世を総裁として創立された組織で、グレード試験を設定しチャレンジすることによって技術の向上と目的達成の喜びを得させることを目的としている。グレード1が初心者、8は日本の音大入学レベルで、さらにグレード8の先にはディプロマ1から3まであり、ディプロマ3はプロの演奏家のレベルである。各グレード試験は課題曲3曲の実技と口頭で答える楽典の試験で構成され、結果はディスティンクション(秀90%以上)、メリット(優80%以上)、パス(可60%以上79%以下)、フェイル(否、59%以下)の評価基準で判定される。楽器の種類はピアノだけでなく、声楽、打楽器、吹奏楽器、金管楽器、弦楽器、ハープなど現代オーケストラで使う楽器はもちろんのこと、ギターや、サクソフォン、パーカッション等の楽器の試験も存在する。またクラシックだけでなく、ジャズピアノや、ジャズトロンボーン、ジャズクラリネット等ジャズのグレード試験も充実している。
さて私がS先生に習い始めて直ぐに娘を習わせたい旨を伝えると空いている時間を探してくれた。以来、9年間、長女はずっとピアノを習い続けており、その間、全てのグレードはディスティンクションで合格した。これは、長女の努力や音楽表現の力もあると思うが、なによりもS 先生の音楽性、忍耐力、そしてEQ(Emotional Intelligence)が高く、人間的魅力のある素晴らしい女性であることによるのだと思う。たとえレッスンの前に練習していなくてもイライラもせず、次のレッスンには練習してこようと思わせてくれる彼女の人柄によって、長女はここまで続けてこられた。習い事は先生が重要であり、長女もわたしもS先生に出会えて本当に幸運だったと思っている。全てのグレードを終えた現在、娘は自分の弾きたい曲を持って行ってS先生に教えていただいているが半分は先生に会いたいから行っていると思う。(続く)
*学校区分の日英比較は大体下記のとおり。(英国日本婦人会発行『ロンドン暮らしのハンドブック』2017年5-8改訂版p。35参照)
Miho Uchida/内田美穂
聖心女子大学卒業後外資系銀行勤務を経て渡英、二男一女を育てる傍らオペラ学を専攻、マンチェスター大学で学士号取得。その後UCLにてオペラに置けるオリエンタリズムを研究し修士号取得。ロンドン外国記者協会会員(London Foreign Press Association)。ロンドン在住。ACT4をはじめ、数々の日本の雑誌にて執筆中。