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すみれの場合 後半_2
結局、口すっぱく言った甲斐がありアンジェラはその日30分しか遅刻してこなかった。その30分の間に初対面のレイちゃんとサラはお互い打ち解けることができて、内心遅刻も時には悪くないかもなんて思っていたらアンジェラが来た瞬間そっくりそのまま
「レイとサラが仲良くなったんだからそれでいいじゃん。さ、買い物!」
と言ったので、もうおかしくておかしくて仕方なかった。リージェントストリートからオックスフォードサーカスへ、そのままボンドストリート、マーブルアーチのほうへ抜けていく。一息つく頃には4人とも両手には抱えきれないほどの紙袋を持ったまま心地の良い疲労感に襲われていた。
「おなかすいたー!なにか食べよう!」
アンジェラの一言で近くにあったイタリアンに向かった。
「サラの学校とかクラスってどんな感じなの?」
「基本的に私のクラスは進学前提のアカデミックイングリッシュクラスだから結構みんなまじめかな。この前みたいなことあんまりないからすごく楽しかったよ。」
「そうなんだね!アンジェラとすーちゃんとはクラスが違うけど、こうやって仲がいいから、やっぱり学校によって違うんだね。」
「そうかもね。でもクラス自体はいい雰囲気だよ。あ、アンジェラ。アントニオがまた会いたいっていってたよ。」
「私は会いたくないっ!あいつのせいで顔パンパンになったんだからー!」
アンジェラ以外の3人はつい吹き出してしまう。
「ウェインは学校でどんな感じなの?私だけ会ったことないから知らなくて。」
「そうね、とてもジェントルマン。アントニオみたいなタイプとも逆に真面目くんタイプとも誰とでもうまくやってるよ。」
「そうなんだ、そういうタイプってモテそうだね。」
アンジェラがナチュラルにぶっこんでくる。
「そうかもね、でも彼はもう進学先が決まってて、レベルを少しでもあげなきゃって感じだから恋愛してる感じしないな。あのカーニバル企画だってわたしとても驚いたのよ。ウェインが他の学校の友達と合流して飲もうなんていうとは思わなかったから。」
「アントニオはいかにも言い出しそうだけどね。」
アンジェラの一言で、ここからはいかにアントニオがあの夜のキングだったかに話題がシフトしていった。そのあともガールズトークを散々して、次の開催も約束して解散となった。 帰り道、たまたまレイちゃんと二人きりになる。
「うれしかったけどちょっと複雑な気持ち?すーちゃん。」
れいちゃんはそう切り出してくれた。
「うん、彼女いないって知れたのはよかったけど、そうだよね。ウェインはこれから進学なんだなーって大切なことを思い出した。」
「そうだよね。でも私、サラの話きいてもしかしたら結構ウェインとすーちゃん可能性あるんじゃないかなって思ったよ。」
「なんで?!」
「うーん、うまくいえないけど、ウェインみたいなタイプは相手を信用してなければ、合流で飲もうなんて言い出さないと思うし、そもそもそれだけ勉強がんばってる人が毎晩コーヒータイムで時間つくるって、それだけその時間が大切なんじゃないかな。」
レイちゃんの一言は、ウェインと会っていないからこそ妙な説得力があって、心のどこかがほっとした。 そのあとも特にウェインとは手をつないだことを触れるわけでもなく、相変わらず夜中のコーヒータイムで毎日なにがあったかを話しあった。もう8月も中旬も過ぎたころ、ウェインがコーヒータイムで思わぬことを切り出してきた。
「今週末、進学する学校のあるブリストルに行っていくつかの寮をみるんだけど、すーも一緒に来てくれないかな?」「もちろん!でもどうして?」
「なんか、一緒に生活してきた人がそばにいてくれたほうが、僕も気づかないことも気づいてくれそうだなって思って。」
「OKじゃあ一緒に行こう!」
ウェインって私のこと信頼してくれてるんだなって思ったら、とても幸せな気持ちで満ち溢れてそのままいい気分で眠りについた。
その日の朝、私たちは朝早くからパディントン駅に向かいそこからブリストルへ行った。街自体はそこまで大きくないけど、学生や若い人たちも多く過ごしやすそうな環境だった。候補の寮をそれぞれ回り、ここが一番いいねといった寮も二人して一致したのでそのまま入寮手続きをウェインはしていた。そのときふと、あと1ヶ月もしないうちに私たちは別の世界にそれぞれ進む現実に気づいてしまった。こんなに仲良くなれて、それでいてあまりにピュアな関係で、どうなるのかな。私は何を望んでるのかな。手続きするウェインの背中を見ながらそんなことが頭の中をぐるぐるしていた。 疲れてる?、とウェインが帰りの電車の中聞いてきた。そんなことないけど、と言ったところで言葉が詰まる。
「なんだか、こうやって楽しく過ごせるのもあと少しだなって実感しちゃったの。」
「実は僕も同じこと、感じてたよ。」
そして沈黙が部屋に戻るまで続いた。
リビングに入ったあとウェインが突然話し出した。
「確かに僕たちはあと1ヶ月も一緒にいないけど、だからこそ楽しく過ごそうよ。帰り道ずっと何も話さなかったけど、そんなの僕たちらしくない。スー、最後まで楽しく過ごそう、今まで以上に。毎日どこかへ出かけてご飯も一緒に食べて。楽しもう。」
ウェインの言葉に迷いがなくて、それが私を勇気付ける。
「うん、そうする、そうしよ!ねぇ明日はなにする?」
「さすがスーだね、映画でも行こう。」
「じゃあ学校終わったあとに。」
こうして残りの日々を毎日ウェインと過ごした。自分の学校の友達との付き合いはガクンっと減ったけど、レイちゃんやアンジェラはなんとなく悟ってくれてランチ以外は誘わないでいてくれた。ウェインとは映画・美術館・舞台・クラブ・おいしいレストラン・マーケットなどロンドンのあらゆるところへ出かけた。その間ずっと会話が尽きることがなくて、我ながらそのことにびっくりする。それでもまだ話したりない、もっと一緒に出かけたい、そんな気持ちが止まらなかった。 それでも最後の日は来る。私もあと1ヶ月で日本へ帰国する。最後まで笑顔でいること、そう自分の中で決めたけどできるかどうかはわからない。そしてウェインがブリストルに向かう日が来てしまった。 その日の朝ふたりでコーヒーを飲んで、思ったよりずっと、いつも通りにたわいもない話をして笑いあいながらパディントン駅に向かった。それでもウェインが乗る電車が来た瞬間涙が出てきてしまった。気づかれないようにしたかったけど、すぐウェインにばれてしまった。
そして思いっきり強くハグしてくれて、キスをした。
「スーやってみよう。難しいことはわかってるけど、でも半年一緒に生活してきた僕たちならできるんじゃないかな。」「ウェイン、思ってるよりすごく難しいと思う。」
「それでも、やってみる価値はあるだろ?」
「…うん、やってみる。やらないという選択肢は確かにないよね。」
私たちはもう一度キスをして、笑顔で別れた。
帰り道レイちゃんに連絡する。遠距離恋愛することになりました、と。すぐに返信がきた。まだ始まってなかったの 笑?ふたりならきっと大丈夫、と。
その返信を笑いながら見ていたときに、自分の中に不安があまりないことに気がついた。そして早くこのレイちゃんの返信をウェインに知らせたかった。私たちなら大丈夫。これが私とウェインの最初の物語。
つづく
原田明奈
千葉県出身アラサー女子
今作が小説家デビュー、前職はお皿洗いからパラリーガルまで幅広い。いろんなことにとりあえず首を突っ込んでみるチャレンジャー。