キャッチメント Vol.5 Final
一方、初めての公立学校で驚いたことがある。それは英語の出来ない母親の数の多さだった。しかも、出来ないというレベルが日本人が出来ないというのとは比べられないほど出来ないのである。基本的な単語、例えばtomorrowもわからないというレベルである。しかし英国の社会制度というものを考えてみればこれは理解できる。なぜならこの国は難民を受けるシステムがあるからだ。難民は宗教上、人種上などの理由により迫害され自国では安全に暮らせないという理由で仕方なく英国に来た人たちだ。必ずしも知的階級ではないし英語を学びたくて来たわけでもない。一方、難民として受け入れられれば社会保障も受けられるし、子供は学校にも只で通える。英国が人権というものに何よりも重きをおいて難民を受け入れる寛容さ、国としての底力に感銘を受けたことを覚えている。しかし、難民の受け入れは、EUのフレームワークを揺るがす欧州全体の大問題となり、英国においては、必ずしも難民に限られることではないが、移民の増加が英国の労働階級から反発をうけ、2016年のブレクジットを引き起こす一因となった。当時の私にはそんなことは知る由もなかった。
もう一つ驚いたことは、娘と同じクラスのイスラム教の女の子が水泳の授業を受けないことだった。宗教上男の子の前で腿を出してはいけないからだった。今ならブルキニ【※1】を着て泳ぐ事もできるかもしれないがそのころはその存在も未だなく、その子は水泳の時間は必ず見学していた。当然その子は普段はスカーフを被っていた。「郷に入っては郷に従え」で、英国に来れば英語を覚えるよう努力したり、自分の選んだ学校のカリキュラムに従うということは当然であるような気がしていた私はかなりびっくりした。一方、長男と次男が通った私立の学校ではそういうことはなかった。人種のるつぼであるロンドンであるから外人の生徒はたくさんいたが、彼らは経済力を背景に英国で生活している人たちだ。ほとんどが仕事上の理由で家族で英国に住み、子供達に最善の教育を受けさせたいと願って学校を選択してきた親の子供たちだ。子供に水泳の授業を受けさせないどころか、親も子もイスラム教の信者であることを理由にヘッドスカーフをしている人は一人もいなかった。(続く)
【※1】イスラム教女性の為にオーストラリアでデザインされた腕足を包み隠す水着(2016年に女性差別ということでフランスの多くの地方自治体で着用を禁止された)
*学校区分の日英比較は大体下記のとおり。(英国日本婦人会発行『ロンドン暮らしのハンドブック』2017年5-8改訂版p。35参照)
Miho Uchida/内田美穂
聖心女子大学卒業後外資系銀行勤務を経て渡英、二男一女を育てる傍らオペラ学を専攻、マンチェスター大学で学士号取得。その後UCLにてオペラに置けるオリエンタリズムを研究し修士号取得。ロンドン外国記者協会会員(London Foreign Press Association)。ロンドン在住。ACT4をはじめ、数々の日本の雑誌にて執筆中。