Ninagawa Company 'Macbeth' by William Shakespeare at Barbican Theatre
5 - 8 October 2017
蜷川幸雄氏の『マクベス』
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Ninagawa Company, Macbeth, Masachika Ichimura, Yuko Tanaka, image credit Sakurahutari
昨年80歳で亡くなった蜷川幸雄氏の『マクベス』が氏の一周忌追悼公演としてバービカン・シアターで上演された。1985年に「エジンバラ国際フェスティバル」で、拍手喝采を受け、蜷川氏が「世界のニナガワ」と称されるきっかけとなった作品である。シェイクスピア戯曲の人物設定はそのまま、時代設定を日本の安土桃山時代に移し、日本語で上演される。舞台全体を巨大な仏壇に見立てその中で物語が繰り広げられていくが、生前の蜷川氏の言によれば、仏壇は普段から先祖を大事にし、位牌と対話する日本の文化を象徴しており、仏壇の中で演じることによってシェイクスピアが日本人のものになるという。劇は二人の老婆が仏壇の扉を開けるところから始まり、扉が開くやいなやスクリーンを通して桜の花びらが舞い散る中で、きらびやかな歌舞伎衣装に身を包んだ3人の魔女が乱舞する場面が広がる。この幻想的なシーンに観客はすっと吸い込まれていき、そして3時間後、閉幕の時には全員がスタンディングオベーションでニナガワカンパニーを賞賛した。
この『マクベス』の何が英国の観客を魅了したのか?妹尾河童がデザインする舞台美術の美しさと迫力には誰もが度肝を抜かれ感嘆したのは間違いない。マクベスのつかの間の覇権と人間の儚さを象徴する桜の花が様々な形で登場したが、特に印象的だったのはイングランド軍が満開の桜の枝を隠れ蓑に進軍してくるシーンで、その斬新さと綺麗さに観客は見とれた。また辻村寿三郎のデザインするコスチュームは豪華で金襴の着物に加え、侍の鎧や兜なども英国人には珍しい上に目に眩しいほど美しかった。
並びに、日本の封建社会という設定や歌舞伎に代表される形式に則った演技が、シェイクスピア『マクベス』の悲劇的な人間ドラマと、見事に調和していたことが英国人にも受け入れられた大きな要因だと思う。古今東西どこでも話が通じるシェイクスピア戯曲の持つ普遍性だと言ってしまえばそれまでだが、言語を含め、異文化の演劇手法を使った脚色でも、ぎこちなさを全く感じさせないところが蜷川氏の演出家としての凄さであると思う。
さらに俳優達の自信に満ち、堂々とした演技にも感動したようだ。大石継太演ずるマクダフが、家族を虐殺されたという知らせを受けた時の痛ましさは見るに耐えられぬほど真に迫っていたし、田中裕子演じるレディー・マクベスは、始終気迫がみなぎっていた。内心罪悪感にさいなまれ、しり込みするマクベスを叱咤し、ダンカン暗殺を焚き付けるシーンや、夢遊病に冒され、「血が落ちない」と呟き手を洗い続けるシーンなどは鬼気迫り、おどろおどろしいほどの凄みを感じさせた。またマクベスを演じる市村正親の演技は、暗殺に対して及び腰になる弱気な武将の形相から、刀で乱闘する勇ましい姿まで、常にカリスマを保っていたと思う。随所にバックグラウンド・ミュージックとして流れるフォレのレクイエムとサミュエル・バーバーの「弦楽のためのアダージョ」が、登場人物の心情を強調し観客の心を揺さぶった。
公演後、英国内の多くの舞台批評欄で、日本の美と意匠に彩られた舞台セットや、衣装、また桜の花の象徴的意義には触れていたが、案の定、仏壇や老婆の意味合いについての言及は皆無だった。蜷川氏が意図した「日本人にとってのシェイクスピア」への理解が足りないことを「世界のニナガワ」はどう感じているのだろう。それにしても『マクベス』を本家本元の英国においてこれほどまでに堂々と演じ切り、英国知識階級の集まるバービカン・シアターの観客から最大限の賞賛を受けるとはこの上ない偉業だと思う。俳優達も亡き蜷川氏に観客の熱狂ぶりを見せたかったに違いない。
私はこのマクベスを観て、蜷川氏の他の傑作、ペリクリーズ(2003年)や、タイタス・アンドロニカス(2006年)にも興味を抱いた。是非またロンドンに持ってきて欲しい。
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Ninagawa Company, Macbeth, Masachika Ichimura, image credit Takahiro Watanabe
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Ninagawa Company, Macbeth, Masachika Ichimura, Yuko Tanaka, image credit Takahiro Watanabe
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Ninagawa Company, Macbeth, image credit Takahiro Watanabe
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Ninagawa Company, Macbeth, Masachika Ichimura, image credit Seigo Kiyota
Miho Uchida/内田美穂
聖心女子大学卒業後外資系銀行勤務を経て渡英、二男一女を育てる傍らオペラ学を専攻、マンチェスター大学で学士号取得。その後UCLにてオペラに置けるオリエンタリズムを研究し修士号取得。ロンドン外国記者協会会員(London Foreign Press Association)。ロンドン在住。ACT4をはじめ、数々の日本の雑誌にて執筆中。