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連載小説:Every Story is a Love Story 第3話(Only Japanese)

3

すみれの場合 前半

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ロンドンに行こう。

それを決意したのはいつだったのか、今ひとつはっきり覚えていない。徐々に責任のある仕事を任せられるようになってきたし、周りの人たちとも良い関係が築けている。こんな日々が続いていくのかな、そう思った瞬間なぜか、いてもたってもいられなくなった時、ふと英会話教室の看板が目に入った。そのまま気づいたら申込書の記入をしていた。 英会話教室に通い始めたころはとても刺激的だったけれど、2.3ヶ月経つ頃にはもうその場の空気に慣れてしまっていた。せっかく英語を話しに来ているのに、結局みんな恥ずかしがって発言しないし、そのわりには小さなミスを容赦なく指摘してくる。なんだかその雰囲気が好きになれないかも、と思った時に頭の中で誰かがささやいた。

『留学しちゃえばいいじゃん』

その悪魔の一言は日に日に大きくなっていき、最終的にその英会話教室の留学部門に問い合わせをしていた。いつもそう、気づいたら行動は完了しているのだ。だからどの国に行きたいなんてこだわりもあまりなかった。結局ロンドンになったのも、その英会話教室がイギリス系だったからだ。でもそうやって流れに身を任せていたほうが物事は大概うまくいくものなのだろう。出発の日はあっという間にやってきた。

ヒースローに降り立った時に初めて実感した。私、とんでもなく遠いところまで来てしまったのではないだろうか、と。なんとか迎えの車を見つけて乗り込む。車中では訳のわからない不安とテンションの高さと予想外のホームシックに襲われ、とにかく涙をこらえるのに必死だった。だがそんなことはお構いなしに車はどんどん進んでいき、あっという間にこれから半年暮らすスチューデントハウスに到着した。 このスチューデントハウスは、4人でキッチン・シャワー・トイレを共同で使い、リビングを囲むようにしてそれぞれの個室がある。ホームステイも考えたけど、こっちのほうが気楽そう、その一点で選んだのだ。管理人に名前を告げるとカードキーが渡され部屋に案内される。もうその部屋にはルームメイトとなるスペイン人の若い女の子が2人到着していた。2人はもともと友人同士なのか、全力のスペイン語で話している。そんな二人を見て不安はついにマックスに到達した。早く一人になりたいと思う一心で、よろよろとトランクを自分の部屋に持っていく。そのとき最後のルームメイトが部屋に入ってきた。台湾からきたウェインだ。 なんとなく親近感が沸くアジア系の顔にとてもほっとした、それがウェインへの第一印象だった。ホームシックなところにスペイン語のシャワーで思ったよりも気持ちが沈んでいた分、ずっと安心したのだろう、思わずわーんと泣きそうになってしまった。ここで泣いたら変な人!その一念だけで涙を飲み込んだら、持っていた大きなトランクがバランスを崩し転びそうになる。とっさにウェインがトランクを支えてくれた。私たちの初めての会話は、「はじめまして」でも「よろしくね」でもなくウェインからの「大丈夫?」だった。 部屋までウェインが荷物を運んでくれてお礼を伝えたとき、やっと自己紹介をしてないことに気づく。「荷物を運んでくれてありがとう。すみれです、よろしくね」「よろしく、ウェインだよ。今日このあとのオリエンテーションの話聞いてる?」「うん、でもどこでやるかわからなくて。」「じゃあ一緒に行こうよ、すみれ。ごめん君の名前とても素敵だけど言いにくくて。」「あはは、たしかに発音むずかしいかもね!」「なにかニックネームでもあればいいんだけど…。そうだ!スーって呼ぶね!」「素敵なニックネームをありがとう、気に入った!じゃあまたあとで」荷物を解きながら、さっきまで感じていた不安がウェインのおかげでだいぶ和らいでいることに気がついた。

時間だよ、とウェインが部屋に迎えに来てくれたので、二人でオリエンテーションがあるというカフェテリアに向かう。歩きながらウェインとつたない英語で話してみる。ウェインは自分よりずっと英語ができるなって思っていたけど、それもそのはず、大学院進学を目指していて、わたしとは違う語学学校に通う予定なことを教えてくれた。最初は同じ学校なら一緒に登校できたのにな、くらいのことしか思っていなかったが、話していくうちにやっぱり語学力に差があるから同じクラスにはなれないな、とそんなことを考えていた。その一方でウェイン自体はとてもリラックスした雰囲気で接してくれるから、自然に話すことができる。オリエンテーション自体は特に何事もなく終わり、ふたりで部屋に戻った。なんだか時差ぼけだね、と言いながらお互いの部屋に入っていく。生活スペースを共有する人がなんとなくいい人でよかったなと思いながらベッドに入ったら、体も頭も心も疲れていたのかあっという間に眠りに落ちてしまった。

学校が始まると思ってたよりもずっとたくさんも友達ができた。クラスは違うけれどひょんなことがキッカケで仲良くなったレイちゃんはよく、「すーちゃんの笑顔を見るとみんな好きになっちゃうから、友達たくさんできるんだね、すごいことだよ!」と嬉しいことをいつも言ってくれた。せっかくロンドンまで来たのだから、いろんな人といろんな場所にいってたくさん楽しみたいって思いはいつもベースにあった。それに楽しければ自然と笑顔になっちゃうよね、といつもレイちゃんと話していた。 学校ではプレ中級コースからスタートで、みんなまだ英語でコミュニケーションを取るのにたどたどしさはあるけれど、でもみんなお互いを知りたいし仲良くなりたいなって雰囲気があったから、拙い英語でいつもずっと話していた。そうするとどんどん英語も上達するし、なにより学校へ行く楽しさが出でくる。特にコロンビアからきたアンジェラとは、お互いに洋服の趣味が似ていてそこから仲良くなった。アンジェラは時間ができると「スー!!プライマーク行こうよ!」と言って二人で散財しまくっていた。なによりわたしはアンジェラこそ、みんなをひきつける磁石のような人だなって思っている。アンジェラの周りにはいつも人だかりができていたから。そうやって友が友を呼び、知らない場所が減っていく。徐々にロンドンでの生活の基盤が作られていく。

もう一つわたしにとってロンドン生活での大切な基盤は、ウェインとの夜のコーヒータイムだった。ある夜宿題をやっていたら部屋の電気が切れてしまって、しかたなく共有リビングのテーブルで必死に映画のレビューを書いていた。宿題を出してきた変人のリチャードに対して理不尽な悪態を心の中でつぶやきながら、とにかくなんとか頭を絞ってレビューを書き進めていたら、ウェインもリビングにやってきた。「もう夜1時だけどどうした?」「部屋の電気が切れたからここで宿題やってるの。変人先生の映画レビュー書いてこいって無理難題な宿題。」「ははは、うわさの変わり者だね。でもレビューっていい練習になるよ。」「ウェイン助けてよー、そんなこと言うなら。」冗談でそんなこと言ったら、本当にウェインは助けてくれた。今までウェインとの実力差をなんとなく感じてはいたが、改めて彼は自分とはレベルが違うんだと気づく。そう思ったら自分とウェインの実力差にちょっと緊張してドキドキしてきてしまった。ウェインに対するドキドキはここが一番最初だったかもしれない。とにかくこの時、ウェインが宿題を手伝ってくれたレビューの評価はとても良かったこともあり、ちょくちょくリビングで宿題を手伝ってもらう時間ができた。そしていつの間にか宿題がなくても二人で夜、コーヒー片手に話す時間を持つようなった。一日なにがあったかを二人で話し合う夜のコーヒータイムは、一日の締めに必要な大切な時間だった。

ある夏の日、アンジェラが週末にあるノッティングヒルカーニバルに行こうと誘ってくれた。祭りなんだからどうせ行くなら大勢がいいよねとなり、私はレイちゃんはもちろん、アンナや文香、レオンやヴィヴィなどたくさんの友人に声をかけて気づいたら10人以上の大所帯になった。その日の夜、ウェインとのコーヒータイムで週末にアンジェラたちとノッティングヒルカーニバルに行くんだよね、と言ったら、なんとウェインも学校の友達と行くことになったんだ、と教えてくれた。「じゃあさ、合流しない?ウェインの友達とわたしたちと!」「それいいね!新しい人たちと知り合うって意外と難しいから。」「そうしよう!わぁ絶対楽しくなるよー!!」その言葉のとおり、ノッティングヒルカーニバルの夜はすばらしく楽しいものになった。この夜をキッカケに、多くの友人たちがそれぞれにいろんな経験をすることになる。ただ一人かわいそうな例外はレイちゃんだ。レイちゃんはあの日、引越し準備があってどうしても早く帰らなきゃいけなかったことを何年経っても嘆いている。私はそんなレイちゃんを見るとついついおかしくて笑ってしまう。でもレイちゃんが未だに嘆くくらい、あの日をキッカケに私のロンドン生活、いや人生はさらに大きく動いていくことになる。

つづく

原田明奈

千葉県出身アラサー女子

今作が小説家デビュー、前職はお皿洗いからパラリーガルまで幅広い。いろんなことにとりあえず首を突っ込んでみるチャレンジャー。

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