Die Zauberflöte by Mozart at the Royal Opera House
12 September-14 October 2017
ロイヤル・オペラ・ハウス モーツァルト 『魔笛』
タミーノ役のマウロ・ペーターとパミーナ役のシュヴォン・スタッグ Photo©Tristram Kenton
モーツァルトの人気オペラトップ5に入る『魔笛』の初演は1791年のウィーン。彼の死のわずか2ヶ月前である。歌半分、芝居半分で構成されるドイツの大衆演劇ジングシュピールとして作られた。ジングシュピールは後になって、オペラのジャンルの一つとしてみなされるようになる。台本を書いたエマヌエル・シカネーダーとモーツァルトは共に、自由・平等・博愛を掲げるフリーメイソンの団員であった。
パッパゲーノ役のロデリック・ウィリアムズ Photo©Tristram Kenton
『魔笛』は、ジングシュピールらしく勧善懲悪であるものの、博愛思想が盛り込まれているため、『ドン・ジョヴァンニ』の最後のように悪が地獄に落ちるのではなく、夜の女王と彼女の3人の侍女やモノスタトスなど、悪役は闇の中に追いやられてしまうだけである。さらに、フリーメイソンの支持する思想基盤である啓蒙主義の影響を受け、主人公・タミーノとパミーナが最後に報われるのは、理性と知を尊ぶ行動の結果とされる。その一方で18世紀啓蒙主義を支えた理性主義に反発したロマン主義の走りという側面も有しており、それ故、快楽主義である道化・パッパゲーノにも、最後にはパッパゲーナを娶らせ同様にハッピーエンドを迎えさせている。
大蛇とタミーノ役のマウロ・ペーター Photo©Tristram Kenton
『魔笛』はただ、話のつじつまのあわない点が多いことは広く知られており、例えばジャワの皇子のタミーノがなぜエジプトにいるのかとか、なぜ好色なモノスタトスがザラストロの神聖な寺院で働いているのかとか、深く考えるときりがなく、神秘的でエキゾチックな御伽噺として楽しむのがよい。
パッパゲーノ役のロデリック・ウィリアムズとパッパゲーナ役のクリスティーナ・ガンシュ Photo©Tristram Kenton
さて、先日はロイヤル・オペラ・ハウス(ROH)の『魔笛』を観に行った。デイヴィッド・マクヴィカーの2003年の人気のプロダクションのリバイバルで、指揮はモーツァルトのスペシャリストであり、現在ドイツのヴッパータール・オペラの音楽監督でもあるジュリア・ジョーンズ。彼女の指揮はオーケストラより半テンポ速いような気がしてならなかったのだが、上演後、コンサート・マスターのヴァスコ・ヴァシレヴにその旨を伝えたら「半テンポ速くタクトを振るのはドイツ方式で実際彼女の音楽的センスは抜群で気持ちよくいつもとはまた違った新鮮な気持ちで上演できた」と言っていた。
夜の女王役のサビン・ドゥヴィエル Photo©Tristram Kenton
ROH初出演の歌手陣の活躍が印象的だったが、特に長く響くバスの低音で観客を魅了したミカ・カレスの威厳のあるザラストロは歌も演技も見事だった。タミーノを演じたマウロ・ぺーターは、役柄か、自制的過ぎてパミーナへの愛の感情表現がいまひとつ物足りないと感じた。パミーナを演じたシュヴォン・スタッグは見目も美しく声も演技も皇かで台詞の一言一言に説得力があった。冷淡で華麗な夜の女王を演じたサビン・ドゥヴィエルは、コロラトゥ-ラ・アリア「復讐の炎は地獄のように我が心に燃え」を第一幕のアリアの挽回をするように完璧に歌いこなしたと思う。
タミーノ役のマウロ・ペーターとパミーナ役のシュヴォン・スタッグとザラストロ役のミカ・カレス Photo©Tristram Kenton
しかしながら、一番の立役者はロデリック・ウィリアムズで彼の温かくそしてチャーミングなパッパゲーノの存在が終始会場を盛り上げた。ジョン・マックファーレインのセットは三日月や黄金の太陽で彩られた空の景色が幻想的で美しく、また太陽系儀や、宇宙をデザインしたザラストロの衣装などは人類の『知』や『科学』を崇敬する啓蒙時代を意識し、気品とプライドが感じられた。オープニングのタミーノが大蛇に追われるシーンや3人の童子が羽の生えた空飛ぶ箱に乗って空を飛んで行ったなどスぺクタルもあり楽しめる。理性と感情、現実と超現実、神聖と滑稽、光と闇の混合した『魔笛』はエンターテイメント性が高く誰もが楽しめる。是非ご家族でROHに足を運んでモーツアルトの音楽を楽しんでいただきたい。
Miho Uchida/内田美穂
聖心女子大学卒業後外資系銀行勤務を経て渡英、二男一女を育てる傍らオペラ学を専攻、マンチェスター大学で学士号取得。その後UCLにてオペラに置けるオリエンタリズムを研究し修士号取得。ロンドン外国記者協会会員(London Foreign Press Association)。ロンドン在住。ACT4をはじめ、数々の日本の雑誌にて執筆中。