Opera Holland Park 2017
Zazà by Ruggero Leoncavallo
ルッジェーロ・レオンカヴァッロの『ザザ』
ザザ役のアン・ソフィー・デュプレルとミーリオ役のジョエル・モンテロ © Robert Workman
イギリスの夏の風物詩である野外オペラは、最近では数が増えた。グラインドボーンを筆頭にガーシングトン、グレンジ・パーク、ネヴィル・ホルトなど、いずれもオペラハウスや庭園がそれぞれに美しく個性的で、敷地内に足を一歩踏み入れた時から日常生活とはかけ離れた夢のような世界に心踊らされる。野外オペラの殆どはロンドンから離れた所に位置しているため、幕間のピクニックの準備が必要な上に、ロングドレスで着飾っていくことから、ロンドンに住んでいる私にとっては少なくとも半日仕事、時には泊りがけのオペライベントになる。とはいえ、気軽な夜のお出かけとして楽しめる野外オペラもある。それが、オペラ・ホーランド・パークだ。ロンドン市内にあるホーランド・パーク内の仮設オペラハウスで毎夏開催され、観客の服装もタキシードとロングドレスではなく、男性はジャケット着用、女性もカクテルドレスほどでよい等、もう少しカジュアルなイベントだ。にもかかわらず、ホーランド・パークの敷地内を歩けば、ビロードのように輝く芝の絨毯の上を勇ましく美しい羽根を広げた孔雀たちが闊歩している姿に目を奪われるなど、ロンドンの喧騒を忘れさせてくれるような光景に出会える。
デュフレーヌ夫人役のジョアンナ・マリー・スキレットとトトー役のアイーダ・イッポリートと
ザザ役のアン・ソフィー・デュプレル © Robert Workman
毎年、必ず一つは珍しい演目を取り入れているのもオペラ・ホーランドパークの特徴だ。去年のマスカーニの『イリス』に続いて今年は同国同年代のイタリア作曲家、レオンカヴァッロの『ザザ』にチャレンジした。この作品がレパートリーに取り上げられるのはめずらしく、オペラのストーリーとしてはやや単純で物足りないと感じられる故かとも思ったが、軽快なダンス・リズムと豊かなオーケストレーションに彩られた音楽は、『ザザ』を彼の唯一有名な『道化師』に勝るとも劣らない作品に仕上げている。
『ザザ』の初演は1900年のミラノで、世紀末のデカダンスの一面を描写したヴェリズモ・オペラだ。ショーガールであるザザがパリに住む身分違いのビジネスマンであるミーリオに、既婚者であるとは知らずに恋するが、ザザの昔の恋人であるカスカールに事実を知らされ、それを確かめる為にパリのミーリオの自宅に乗り込んでいく。するとそこには天使のように無邪気で可愛らしいミーリオの愛娘のトトーがいた。ザザは父親をトトーから奪うことが阻まれて身を引くことを決意する。
軽いワルツが度重なって奏でられる第一幕はオペラと言うよりオペレッタの趣だ。マリー・ランバートの新しいプロダクションのこのオペラの見どころはザザ役のアン・ソフィー・デュプレーヌがミーリオの妻のデュフレーヌ夫人とトトーに会い、心打ちのめされてパリから戻ってきてミーリオ役のジョエル・モンテーロと再会するシーンだ。パリの自宅に踏み込まれたミーリオは怒り狂う。二人の血を見るような別れ話の喧嘩シーンは残酷で暴力的ともいえ、正に激しい感情表現に注視したヴェリズモ・オペラ演出の面目躍如ともいえるほどの迫力があった。
ザザ役のアン・ソフィー・デュプレルとカスカール役のリチャード・バーカード © Robert Workman
『ザザ』の初日は、公演途中に雷雨がひどくなり、5分程度ではあったが、雨が屋根を打つ音が強くて音楽が聞こえなかった。これも野外オペラの醍醐味というべきか。
私にとっては、夏のルーティンとして、珍しい演目を観にオペラ・ホーランド・パークに行くのだが、ラ・ボエムやドン・ジョヴァンニなどポピュラーなオペラも必ず上演されるため、比較的気軽に行かれるこのオペラ・イベントは、野外オペラを経験されたい方への手始めとしてお勧めだ。
Miho Uchida/内田美穂
聖心女子大学卒業後外資系銀行勤務を経て渡英、二男一女を育てる傍らオペラ学を専攻、マンチェスター大学で学士号取得。その後UCLにてオペラに置けるオリエンタリズムを研究し修士号取得。ロンドン外国記者協会会員(London Foreign Press Association)。ロンドン在住。ACT4をはじめ、数々の日本の雑誌にて執筆中。