キャッチメント Vol.1
夫の仕事でロンドンにやってきて8年が過ぎた時、突然の転勤命令で夫は日本に帰国になった。長男(当時13歳)の教育をどうするか、夫と家庭崩壊になるかと思われるほどの喧嘩もし、いろいろ悩んだ挙句の果てにパブリック・スクールの寮に残すことにした。次男(当時10歳)と娘(当時4歳)は日本につれて帰り、家から歩いて5分のところにある、区立の小学校と幼稚園にそれぞれ通わせることになった。ところが、その後たった2年で再び夫はロンドン勤務になり、またもや英国に家族で戻ってきた。
前回の赴任の時、長男と次男は、私立幼稚園(プレ・プレップ・スクール)から私立小学校(プレップ・スクール)に通わせていたが、今度は娘の小学校を探さねばならなかった。それまで子供達をイギリスの私立校と日本の公立校に通わせた経験に照らし、コスト・パフォーマンスから見てプレップ・スクールにやる価値があるかどうか、私は、はたと考え込んだ。
プレップ・スクールの年間教育費は当時6歳の子供でも12,000ポンド(当時の日本円換算で250万円)を超えていた。公立にやれば学費は只。おまけに公立の小学校は自宅から近いので時間が有効に使える。自由な時間が増えれば子供にしてみれば楽しいのではないかと思った。一方、私としても、娘も11歳から私立に通わせれば兄弟妹3人を不公平に扱ったと後々後悔することにならないだろうと考えた。それに、もし公立が気に入らなくても、出費を覚悟しさえすれば私立に入れることはできるから、只のところから始めてみようと思った。こうして再渡英してすぐに娘の公立小学校選びに取り掛かった。
イギリスでは5歳から16歳までが義務教育だ。日本では全国一律に公立も私立も同じ年令による学校区分が決められているが、イギリスでは公立と私立では区分が異なる。公立は小学校2年生(year2)までをインファント・スクール(Infant School)、6年生(year6)までをジュニア・スクール(Junior School)、そして7年生から11年生(year7-11)までの学校をセカンダリースクール(Secondary School)と呼ぶ。これで義務教育が終了する。
私立は6年生までの学校をプレップ・スクール(Prep School)と呼び7年生から13年生までの大学に行くまでの7年間の中高等教育を行う学校をシニア・スクール(Senior School)と呼ぶ。このうち、13歳から18歳までの5年間の教育を行う幾つかの伝統ある私立男子校がパブリック・スクール(Public School)と呼ばれる。*
娘は6歳、公立に行かせることにしたので、Infant Schoolの2年生(Year2)への編入を目指すことになった。公立校は日本と同様に、原則、区域制(catchment、キャッチメント)、すなわち住んでいる場所によって選べる公立校が限られると言うことだ。逆に言うと公立校の評判の良い学校に通うためにはその近辺に住む必要があることになる。しかしながら評判の良い学校は大抵裕福な家庭が揃う住宅地の傍に建ち、その学校のキャッチメントに住もうと思うと家賃も高い。世界共通かはわからないが、イギリスではこれが常識。とはいえ、2度目のイギリス生活にもかかわらず、不覚にもこれに気づかず、家選びをする際に私には娘の通う公立小学校のことはあまり念頭になかった。(続く)
*学校区分の日英比較は大体下記のとおり。(英国日本婦人会発行『ロンドン暮らしのハンドブック』2017年5-8改訂版p。35参照)
Miho Uchida/内田美穂
聖心女子大学卒業後外資系銀行勤務を経て渡英、二男一女を育てる傍らオペラ学を専攻、マンチェスター大学で学士号取得。その後UCLにてオペラに置けるオリエンタリズムを研究し修士号取得。ロンドン外国記者協会会員(London Foreign Press Association)。ロンドン在住。ACT4をはじめ、数々の日本の雑誌にて執筆中。